仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)674号 判決 1964年2月05日
主文
本件控訴を棄却する。
原判決主文第一項を次のとおり変更する。
控訴人(原審本訴被告、参加被告)らは、原判決添付別紙第一目録記載の土地内に立入り、または、右土地内の立木を伐採もしくは伐採木(目通り平均約八寸長さ約一〇間の杉伐採木約二四七三本)を搬出するなどの行為をしてはならない。
控訴費用は控訴人(原審本訴被告、参加被告)らの負担とする。
被控訴人(原審参加原告)山陽木材防腐株式会社は、金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、原判決主文第二項に限り、仮にこれを執行することができる。
事実
控訴人(原審本訴被告、参加被告、以下単に控訴人という)ら代理人は「原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。被控訴人荒川久馬(原審本訴原告、参加被告、以下単に被控訴人荒川という)の請求を棄却する。被控訴人山陽木材防腐株式会社(原審参加原告、以下単に被控訴会社という)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ、控訴人らと被控訴人荒川との間に生じたものは被控訴人荒川の、控訴人らと被控訴会社との間に生じたものは被控訴会社の、各負担とする」との判決を求め、被控訴人荒川代理人は主文第一、二、三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴会社代理人は主文第一項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。
当事者双方(被控訴会社を含む)の事実上の主張並びに証拠関係は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
被控訴人荒川代理人は、
一、本件贈与の目的物は間伐の対象となる細木(下木)であつて、このことは次の(1)(2)の事実からも明瞭である。
(1) 本件山林は大正三年の植林後、その中腹以下については従来三回許り間伐を済ませていたが、中腹以上については間伐がなされず、そのため立木の成育が後れ、かつ細木が密生し、本件贈与当時間伐に適する杉の細木が約三千本以上、その価格金二百万円以上のものが存していたのである。
(2) 控訴人ら主張のように本件杉立木三千本が主木とすれば、当時のその価格は千二百数十万円に上ることになるが、被控訴人荒川がこのような莫大な価額のものを贈与するということは、控訴人ナミの当時の要求額が三百万円位であつたこと、被控訴人荒川の当時の資産は数千万円程度であり、その相続人には妻と実子七人があつたので、控訴人宜久の如き庶子の相続分は二十分の一にも満たない上に、控訴人らには既に相当の援助、贈与をしていたこと等に照し、到底在り得ないことである。
控訴人ナミの兄正実は、乙第一号証の一に贈与の目的物の種類等につき限定が無いのを奇貨とし、被控訴人荒川に無断で、窃に自己に最も有利な主木を濫伐し、窃にその売却を策したのである。なお本件伐採木の本数を二四七三本と訂正する。
二、仮に従来原審で被控訴人が本件贈与契約が無効であることの理由として主張したところが認容されないとしても、被控訴人荒川は、昭和二八年一二月一日ころに至つて初めて控訴人らの伐採の事実を知り、同日控訴人ナミ、正実の両名に伐採中止を求め、こゝに右三者協議の上、既に伐採した分は凡て被控訴人荒川の処分に一任し、控訴人らならびに正実は右伐採木を搬出する等の行為をしない旨の合意に達し本件贈与契約は失効したのである。(尚控訴人らは、被控訴人荒川が既にその以前から右伐採の事実を控訴人ナミから聞いて知り乍ら異議を唱えなかつたむね主張するが、右一二月一日当時は未だ本格的伐採は行われず、僅かな伐採にとゞまり、しかも被控訴人荒川の住居は本件山林と約二里半を隔てて存し、被控訴人荒川において右伐採の事実を知る由もなかつたのである。)
三、仮に以上の事実が認められないとしても、控訴人らは右のように被控訴人荒川による立木の特定をまたず、窃にその売却伐採を策し、昭和二八年一二月一日の前記協議の際には未だ殆ど伐採していないのにも拘らず既に二、四七〇本を伐採したと詐言し、被控訴人荒川から伐採の中止を命ぜられたのにこれをきかずに濫伐し、被控訴人荒川の最も大切にしていた本件山林を荒廃に帰せしめたのみか、被控訴人荒川のなした同月二四日の伐採搬出禁止等の仮処分執行を無視して被控訴会社に右伐採木を売却する等一連の不信行為を敢てしたもので、かかる場合受贈者は信義の原則上贈与契約上の権利を主張し得ないものというべく、被控訴人荒川は当審昭和三五年一〇月一〇日第二回口頭弁論期日に於て右事由に基き本件贈与契約を解除したから、右契約は失効した。
と述べ、
被控訴会社代理人は、その予備的請求原因事実中に、被控訴会社は本件主参加訴状をもつて控訴人らに対し、債務履行不能を原因に契約解除の意思表示を発し、右訴状は昭和三二年三月六日控訴人らに送達された、との事実を追加すると述べ、
控訴人ら代理人は、
一、被控訴人荒川は本件贈与契約締結の際、杉立木三千本の選択、伐採処分を控訴人らに一任したのである。さればこそ、その後被控訴人荒川は正実が壇に売り歩くのを牽制すべく控訴人ナミに対し同人自身で吉野材木店に売却するよう指示したり、控訴人ナミの正実に対する売却委任を解除するよう増田弁護士に依頼したりしているのである。
二、控訴人らは右選択権、処分権に基づき昭和二八年一一月一〇日ころから公然と右立木の伐採に着手したのであつて、その状況は控訴人ナミから被控訴人荒川に逐一報告されているのに、被控訴人荒川はなんら異議をとなえず、これを諒承していたのである。かくて右贈与の対象となる杉立木は伐採の都度特定し同時にその所有権が控訴人らに移転したというべきである。
本件伐採木の本数が二、四七三本であることは認める。
三、同年一二月上旬か中旬ころ、正実が伐採を請負わせていた伊藤力家と共に控訴人ナミ方に赴いたところ、居合せた被控訴人荒川から、家族がうるさいので一時伐採を中止してもらいたいとの要求があり、その際伊藤から伐採済の本数が二千四百余本に及んでいるむね話したのに対し、被控訴人荒川は、伐採した分は差支えないがあとは伐らないでくれ、残木については別の方法で解決するむね申入れ、もつて控訴人らが右伐採済の杉丸太を処分することを容認した、
と述べた。
立証(省略)
理由
第一、本件贈与契約成立の経緯ならびに契約の趣旨内容について。
控訴人ナミは昭和一五年ころから被控訴人荒川と妾関係にあり、控訴人宜久はその間に生れた子であるが、被控訴人荒川は昭和二八年一〇月一二日付の杉立木無償譲渡証書(甲第六号証)を控訴人ナミに交付し、もつて被控訴人荒川所有の本件山林内の杉立木三千本を控訴人両名に贈与したことは当事者間に争がない。
しかして、成立に争のない甲第二号証の四ないし六、第四号証、第九ないし第一二号証の各一、二、第二三号証、原審での証人猪狩清次、小野章(第一回)、生田目忠平、足立銀之助、平子久義、吉野幾重、荒川久(第一回)、吉野八十栄(第一回)、吉野世津子、増田梅蔵、遠藤定二、被控訴人荒川本人、控訴人ナミ本人(一部)、当審での証人吉野八十栄、生田目忠平、平子久義、猪狩清次、足立銀之助、荒川久、被控訴人荒川本人(第一、二回)の各供述を総合すれば、控訴人ナミは被控訴人荒川に別の女ができたことを伝え聞いので、この際控訴人宜久(当時八年)の将来の生活の保障の意味も含めて相当の財産を得ておくに如かずと考え、当初金三〇〇万円の贈与を求め、次で昭和二八年一〇月一二日ころ被控訴人荒川に対し右三〇〇万円の現金の出捐に代えて本件山林に生立する杉立木の贈与を要求したが、被控訴人荒川が容易に応じようとしないので、控訴人ナミはその兄高萩正実の立会を求め、その加担を得て更に強硬に交渉を継続し、同月一八日正実において前記杉立木無償譲渡証書を作成し、被控訴人荒川にその署名捺印を迫つたところ、被控訴人荒川としては既に昭和二三年二月二三日控訴人宜久に山林三筆合計六反四畝二八歩を贈与してあつたが、控訴人ナミが被控訴人荒川の資産について控訴人宜久の相続権を放棄する外、将来分配その他一切の請求をしない旨誓約するに及び右要求に応ずべく、たまたま当時本件山林には杉立木一万本以上が存し、その中主木の生育のため間伐を要する細木が数千本、価格にして二百万円以上のものが生立しているものと考えていたので、この細木二百万円程度のものを贈与することとし、控訴人ナミもこれを諒承し、こゝに同月一九日正実から右誓約の趣旨を記載した誓書(甲第四号証)の交付を受けるのと引換に前記杉立木無償譲渡証書を正実に手交するに至つたこと、なおその際被控訴人荒川は右譲渡証書に杉立木三千本とあるのみで細木との限定が記載されて無かつたのでその記入を求めたところ、正実はその必要がないとていち早く右証書を持ち去つたことが認められる。原審鑑定人今村達視の鑑定結果によれば、本件山林内の杉立木は当事者の前記予想に反して合計六、五一九本にとゞまり、また当時間伐を必要としない状況であつたことが認められるが、このことはなんら右認定の妨げとはならず、原審での証人高萩正実、控訴人ナミ本人、当審での証人高萩正実、(第二、三回)、控訴人ナミ本人(第一、二回)の各供述中右認定に反する部分、就中右贈与にかかる杉立木は細木でなく主木であるむねの供述は右鑑定結果によれば主木三千本の価格は一、二三〇万円を超えるもので右契約成立の経緯に照して莫大に過ぎることに徴し、たやすくは肯認しがたく、その他前掲各証拠に照し措信しがたい。
第二、本件贈与契約の効力
(一) まず本件贈与契約締結の際、要素の錯誤があつたむねの被控訴人荒川の主張について判断するに、なる程相続の事前放棄については民法にこれを許す規定はなく、その効力の即時発生を認めるに由ないことはいうまでもないが、控訴人宜久の相続放棄の即時発効が本件贈与の交換条件であつたとの点に関しては、甲第四号証の記載からは直ちに分明せず、原審ならびに当審での被控訴人荒川本人の各供述をもつてしても未だこれを認めるに足らず、その外に証拠はない。かえつて後記認定のように、右贈与の目的物たる杉立木三千本は右契約自体では特定せず、控訴人らが現実にその所有権を取得するためには、右特定その他伐採の時期、方法等について当事者間の将来の協議に待たなければならないことを勘案すれば、右控訴人宜久の相続放棄という意思表示も、右特定伐採等についての再協議と対応して、将来適当な時期に適当な方法手続(たとえば遺留分放棄の手続等)をとるべきことを約するという程度の意味に解するの外はない。そうすると右相続放棄の即時発効が贈与契約の要素であるむねの被控訴人荒川の主張は理由がないというべきである。
(二) 次に本件贈与は控訴人ナミの兄正実の強迫によるものであるむねの被控訴人荒川の主張について考えるに、甲第一二号証の一、二、第二三号証の各供述記載、原審ならびに当審での証人荒川久、被控訴人荒川本人の各供述その本件にあらわれたすべての資料によつても右強迫の事実を確認するに足りない。従つて右強迫の事実を前提とする被控訴人荒川本人の右贈与取消の主張は理由がない。
(三) 本件贈与契約が公序良俗に反する事項を目的とするから無効であるとの被控訴人荒川の主張については、当裁判所の判断も原審と同一の理由によりこれを排斥すべきものと考えるので、原判決理由記載中該当部分(原判決一五枚目裏六行目から一六枚目表八行目まで)を引用する。
第三、本件立木及び本件伐採木の所有権の所在
叙上認定事実によれば、本件山林には杉立木六五一九本が生立するのに、本件贈与の目的たる杉立木は右の中間伐の対象となるべき細木三千本というのみで、それ以上の限定がないのであるから、右契約のみでは右細木三千本を特定物というに由ないこと明らかである。前記鑑定結果によれば右六五一九本の中胸高直径六~一〇糎のものが六五六本、一二~一六糎のものが一、八〇一本、一八~二〇糎のものが一、一四八本合計三、六〇五本であつて、その他は二二~五六糎のものであることが認められるのに、右細木というのは胸高直径何糎以下をいうのか分明でないし、仮にこれを二〇糎以下のものと限つてみても、三、六〇五本あるのである。いずれにしても右細木三千本を特定するためには被控訴人荒川において何等かの行為(例えば一本一本の胸高部分を剥皮するか(右鑑定参照)、又は被控訴人荒川自ら伐採する等)が必要と解され、かゝる特定方法の実施もしくは伐採等のために、改めて当事者間の再協議を待たなければならないというの外はない。
控訴人らは、本件贈与契約の際本件杉立木三千本の選択伐採は凡て控訴人ナミに一任された旨主張し、証人高萩正実、控訴人ナミ本人は原審ならびに当審において累次にわたり右に副う供述をしているが、これらは前記第一掲記の各証拠に照し措信しがたく、乙第六号証(原判決事実第一〇の(二)に「乙第六号証の一・二」とあるのは「乙第六号証」の誤記なることが記録上明らかである)も当審での被控訴人荒川本人(第二回)の供述に徴し右主張を立証するに足りない。
また控訴人らは、昭和二八年一一月一〇日ころから伐採に着手し公然と伐採を実行し、その状況を逐一被控訴人荒川に報告していたが、被控訴人荒川は何らこれに異議を唱えなかつた旨主張し、更に同年一二月上旬か中旬ころには本件伐採木を控訴人ら側において処分することにつき被控訴人荒川が容認した旨主張し、その証拠として右証人高萩正実、控訴人ナミ本人の原審ならびに当審での各供述の外、更に乙第九ないし第一二号証、第一八号証の一二、当審証人伊藤力家、折笠清吉の各証言を援用するが、これらは後掲各証拠に照し措信し難く、その外にこれを立証すべき証拠はない。かえつて、成立に争のない甲第一〇ないし第一二号証の各一・二、第一九号証の一・二、第二七号証、前記今村鑑定人の鑑定結果、原審での証人折笠正義、平子久義、荒川久(第一回)、吉野八十栄(第一回)、井堀勝好、折笠卯三郎、被控訴人荒川本人、当審での証人平子久義、被控訴人荒川本人(第一、二回)の各供述を総合すれば、控訴人らは前記杉立木無償譲渡証書に杉立木三千本とあるのみで何ら限定がないのを幸い、間伐にあらざる皆伐(全伐)を目的として売却伐採しようと企て、木材販売業者伊藤力家にその伐採を請負わせ、もつて同年一一月下旬ころから伐採に着手したところ、被控訴人荒川は同月末ころに初めて右伐採の事実を聞知し、同年一二月一日控訴人ナミ方において控訴人ナミ及び正実に右伐採を中止し、既に伐採した分は被控訴人荒川の処分に一任し、控訴人ら側においてこれを搬出する等のことをしてはならない旨申入れたのであるが、控訴人ナミ及び正実はこれをきき容れず、さらに同月七日ころから本格的伐採を敢行するに及んだので、被控訴人荒川は右両名を相手として福島地方裁判所平支部に右伐採及び伐採木搬出禁止の仮処分を申請し、その旨の仮処分命令を得て同月二四日これを執行するに至つたのであるが、控訴人らはそのころまでに既に本件伐採木二四七三本(この本数については当事者間に争がない)を濫伐してしまつたことを認めるに十分である。
以上のとおりであるから、本件贈与契約によつては未だその目的物たる杉立木即ち前記間伐の対象となるべき細木三千本は特定せず、且その後に於ても特定された事実を認め難い以上その所有権は未だ控訴人らに移転していないのに、控訴人らは敢て不法伐採をしたものであつて、本件伐採木二、四七三本も依然として被控訴人荒川の所有に属しているものというの外はない。(被控訴会社は原審において右伐採木の所有権を民法第一九二条によつて取得したと主張していたのであるが、控訴人らは当審においてこの主張を援用する旨陳述していないので、この点につき敢て判断するの要をみない)
第四、被控訴人荒川の本訴請求について。
本件山林、本件立木及び本件伐採木の所有権が被控訴人荒川に属すると認むべきこと叙上のとおりであるから、被控訴人荒川が右各所有権に基づいて控訴人らに対し、本件山林に立入り、または右山林内の立木を伐採し、もしくは本件伐採木の搬出等の禁止を求める本訴請求は理由があり認容すべく、これと同旨の原判決は相当である。
第五、被控訴会社の主参加請求について。
控訴人らが昭和二八年一二月二四日被控訴会社と、同会社主張のような本件伐採木売買契約ならびに電柱出材請負契約を締結し、同月二五日被控訴会社から契約手附金として金三、〇〇〇、〇〇〇円を受領したこと、それにも拘らず右契約に基づく控訴人らの債務が履行不能に帰したことは、右当事者間に争がなく、そのため被控訴会社が本件主参加訴状をもつて控訴人らに対し右契約解除の意思表示を発したことも弁論の全趣旨を通じ控訴人らの明らかに争わないところである。控訴人らは右履行不能は被控訴人荒川の不法な仮処分執行によるものであるむね抗争するが、被控訴人荒川の仮処分執行が適法であることは前記認定のところから明白であり右主張を採用するに由なく、被控訴会社の右解除は適法有効であるというべきである。しからば控訴人らは被控訴会社に対し連帯して(商法第五二三条、第五一一条第一項)右金三、〇〇〇、〇〇〇円に遅延損害金を付加して返還すべき義務があり、被控訴会社の控訴人らに対する金三、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年三月七日以降完済まで年五分の割合による金員の連帯支払を求める請求は理由があり、認容すべく、これと同旨の原判決は相当である。
第六、結語
以上のとおりであるから本件控訴は理由がなく、これを棄却すべきであり、たゞし原判決主文第一項中伐採木の本数を二、四七三本と訂正し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文第三項については仮執行の宣言を付しないのを相当と認め、原判決主文第二項につき同法第一九六条に従い金三〇〇、〇〇〇円の保証供与を条件に仮執行を認容することとし、よつて主文のとおり判決する。